上巻で丁寧に用意した数々の物語装置が殺人者の心理の最深部に肉迫するクライマックスへ、さらに濃密な事件の顛末へとなだれこむ下巻。物語を読み終わるすべての読者が、カタルシスを味わうだろう。
ホワイトチャペル連続殺人の“史実”を偏執的なほどのストイックさでたどっているが、本作が再現を試みているのはむしろ、ヴィクトリア朝末期の英国社会である。ホークスムアの建築とロンドンの街、フリーメイソン、君主制、階層間の極端な格差などの要素が組み込まれている。スラム街の娼婦から女王まで、すべての階層に充満する不安とパラノイアの底に、革新と大量殺戮の20世紀が準備されつつある時代。それらの要素の結節点として一つの殺人事件を描きながら、歴史と神話の構造への畏怖と眩暈が表現される。
巻末には補遺として、各ページの註解と、切り裂きジャックをめぐる言説をテーマにした短編が付録されている。著者のねらいや、埋め込まれた仕掛け、サイド・ストーリーを味わい尽くすための手がかりが、この補遺にある。そこに再読、再再読の愉しみまで織り込まれている。
<再入荷待ち>
>Alan Moore
みすず書房 テキスト日本語
サイズ縦258×横182 厚さ23mm ソフトカバー 312ページ