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Symphony その森の子供 (ソフトカバー)
ホンマタカシ | Takashi Homma

<福島>
2011年3月11日、マグニチュード9.0の東日本大震災の地震による津波で、東京電力福島第一原子力発電所は全交流電源を喪失した。原子炉を冷却できなくなり、メルトダウンが発生し、爆発炎上、大量の放射性物質が広範囲に撒き散らされた。この事故はチェルノブイリと同等のレベル7の大事故だった。福島県では約14万人以上の人が避難させられた。同年秋、政府は福島県や放射能汚染のひどい東北〜中部地方の森の野生のキノコの摂取、出荷を制限した。キノコはセシウムなど放射性物質を吸収しやすい生理特性を有している。2011年秋以降、断続的に福島県の森に入り撮影した。現在、道路などは除染が進んでいるが、全ての森を除染することは不可能である。スーパーなどの流通が管理された農産物よりも、本来、品質や鮮度が良いはずの「道の駅」などで売られている野生のキノコから、基準値を超えるセシウムをはじめとする放射性物質が検出された(2018年秋)。放射性セシウム137の半減期は、およそ30年と言われている。

<スカンジナビア>
スカンジナビア=北欧には、日本と同じく豊かなキノコの食文化がある。キノコの種類は日本より多いと言われている。国土に占める森林の割合は日本とほぼ同様70%弱。そして「自然享受権」というものがある。自然享受権とは、どこの森でも、そこが誰かの所有地であろうと、所有者に危害を与えない限り、自由にキノコやベリーを収穫していいという権利である。夏〜秋に北欧の国のマーケットに行くと、屋台いっぱいの黄色いカンタレール(あんず茸)が売られている。しかしほとんどの国民は習慣的に自分で森に行って、キノコもベリーも収穫する。1986年、チェルノブイリの事故が発生した。事故が起きてから2日間、スウェーデンの方向に風が吹いていたため、チェルノブイリの放射性物質の全体の5%がスウェーデンに降り注いだ。ヨーロッパの中で、旧ソ連を除きスウェーデンがもっとも放射能汚染がひどかった。政府は直ちに、野生のキノコとベリー、トナカイやヘラジカの肉の摂取規制をおこなった。ちなみにトナカイは北欧北部に住むサーメ人の主な食料源にして収入源である。写真は2011年から2015年にスウェーデン、フィンランドで撮影した。

<チェルノブイリ>
1986年4月26日 旧ソ連(現在はウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所4号機で、人為的原因で原子炉が爆発炎上するという大きな事故が起こった。当初、旧ソ連は、この事故を隠蔽しようとしたが、スウェーデンで放射線の数値が異常に上がり、28日になって事故を公表した。火災の消火に10日間かかり、その間中、放射性物質はヨーロッパに広く拡散した。事故があった4号機は、現在、コンクリートと鉄板で固められ、「石棺」と呼ばれているが、廃炉には全く手をつけられていない。約20万とも30万とも言われる人が避難させられた。事故から30年あまり経った今、アメリカのドラマ「チェルノブイリ」の人気から、「ゾーン」と呼ばれる約30キロ圏内に、世界中から観光客がガイドつきの日帰りツアーで訪れている。撮影のときに案内してくれたガイドは面白半分に、依然「ホットスポット」と呼ばれる放射線の高濃度ポイントをわざと車で通り、ガイガーカウンターが鳴り響くのをアトラクションとして披露した。チェルノブイリから約110キロ離れた首都キエフのホテルでも、ガイガーカウンターの数値は通常より高かった。一方で、人間が居なくなったゾーン内では植物が生い茂り、野生動物が増え、彼らの楽園になっているという報告もある。2017年撮影。

<ストーニーポイント>
「キノコに熱中することによって、音楽について多くを学ぶことができる。私はそういう結論に達した。この目的のために、私は最近、田舎に引っ越してきた。」音楽愛好家たちの野外採集の友(1954年)

ニューヨーク郊外、マンハッタンから車で約90分のストーニーポイントに「ザ・ランド」と呼ばれる芸術家のコミュニティーがあった。現代音楽家にして実験音楽家のジョン・ケージ(1912-1992年)は、1954年にそこに移り、16年にわたって暮らした。そのコミュニティーの周りは木が生い茂り、キノコが豊富に生えていた。ケージは、キノコの文献を買い集め、毒キノコを食べ病院に入院し、ニューヨーク菌類学会の設立に関わり、イタリアのテレビクイズ番組でキノコについて全問正解し賞金を得たこともある。来日したときには軽井沢でキノコ狩りをした。ケージは人に、何故キノコが好きなのか?と問われて、「辞書で musicの1つ前が mushroom だったから」と答えたことがある。2017年、2018年撮影。

僕はこれら4つの森に入って、その森のキノコ達の微小な声に耳を澄ませた。実際、そうすることしかできなかった。そこには確かに、いくつかの音の波があった。そしてそれらは、4つの森にお互いに響き合っているとしか思えなかった。

― ホンマタカシ(写真家)
Case Publishing 2019年刊行
サイズ: 縦328×横258mm ソフトカバー 296ページ
  • 7,920円(税込)