Deutsche Börse Photography Prize 受賞のアイルランド人フォトグラファー、リチャード・モス(Richard Mosse)の作品集。第二次世界大戦後から現在に至るまで世界が直面し続けている難民・移民危機について、作家はヒューマニズムに関わる問題や政治的苦境、戦争による何百万もの移民、迫害、気候の変動をテーマにしている。本書は、作家自身の哲学的な文章やイタリア人哲学者ジョルジュ・アガンベンの文章とともに、ベン・フロストとトレヴァー・トゥウィーテンとのコラボレーションによって制作された最新の映像作品(マルチ・チャンネル・フィルム・インスタレーション)のスチル写真を収録。本作品は、中東、北アフリカ、ヨーロッパを横断する難民と移民の旅路を、30.3km離れた場所からでも人間の体温を探知することができる監視用の兵器テクノロジーを使用したカメラで撮影したもの。このカメラは、肌の色ではなくその場所と体温の差異によって浮かび上がる人間の輪郭を認識し、危険な環境で生き延びるために苦闘する、弱く儚い人間の身体を前景化させている。「このカメラは、ある種の美学的暴力として作用しており、主体の人間性を奪い、人々を怪物的なものとしてゾンビ化した形象に落とし込む上、身体から個別性を奪い、単なる生物学的な痕跡として人間を捉えている」と、作家はエッセイの中で語っている。直接的に、あるいは隠喩的に、低体温症、死、伝染病、地球温暖化、兵器取引、国境監視、異国人排斥、そして国籍を持たない人々の「むきだしの生(bare life)」を、ミサイルの視点から見るかのような方法として軍の望遠カメラを使用し、作家はその内実を暴露する試みを果たした。映像の物語に基づき、本書はシリアのISの陣地へ上空から米軍が機銃掃射する実際の戦闘場面をはじめ、リビア海岸で救命ボートに乗り込む場面、暗闇のトルコの浜辺で人々が佇んでいる場面、サハラ砂漠を通り抜けるという危険な場面、あるいは「ジャングル」と呼ばれるフランス北部・カレー地区の難民キャンプが燃え上がっている場面などをスチル化したものを収録している。兵器としてのカメラテクノロジーを通して、難民・移民危機に関する倫理的、技術的、論理的、合理的、美学的な問題を明るみに出すとともに、本書は世界で現在起こっている様々な出来事の中のひとつを見通すための指標となる。
>Richard Mosse
>Mack Books
Mack 2017年刊行 テキスト: 英語
サイズ 縦197×横175mm ソフトカバー 576ページ