BOOK OF DAYS ONLINE SHOP


Antoine d'Agata: Fukushima | アントワン ダガタ: 福島


この商品のキーワード

Antoine D'Agata Super labo

ブラックレイン/福島、2014年5月29日―6月11日

…海が我らのうえで再び閉じられるまで。
ダンテ『地獄篇』

空虚が私を包み込み、胸が悪くなる。透明な車の窓の向こうは、すべてが灰色に覆われている。熱を帯び、つんとした臭いを放つ原発に向かって緩やかな坂道を下っていきながら、私は心のなかのもう一つの混沌にゆっくりと沈んでいく。記憶はさまざまな断片的映像のせいで磨り減っていく――それらの映像の論理は、私が通りすぎるさまざまな土地テリトリーと同じくらい、ばらばらで、汚染されている。今回私が採った方法は日誌の形式だ。日誌の構造はあらかじめ計画されているものの、それも自らが立てる規則を破るためのもので、この方法は、結局のところ、震災という突発的な力の湧出がいかに立入禁止区域の物理的空間を破壊したかに左右されることになる。私は恐怖から静止へという私自身の動きに導かれて進む。すべての身振りが追跡不可能な道を辿っていることは分かっている。見捨てられた家々が海に向かって立ち、荒涼とした土地を吹く風がその風景を汚染する。そこに行って冷たい空気を吸っていると、外的世界についてのさまざまな記憶は、倦怠という鮮烈な現実のうちに溶け込んでいく。亡霊は、絶滅した世界の消滅した神々のようだ。恐怖以外にただ1人の道連れもいない。そして怖れに大小のヒエラルキーは存在しない。ただ心の中で眼に見えない破壊のプロセスが進むのみだ。さまざまな事象が不吉な約束を実際に果たし、心と身体の旅――行き当たりばったりの出鱈目や逸脱のすべてが含まれる――にさまざまな節目を与えてくれる。ゆっくりと意識は鋭い痛みを覚えはじめる。言葉と物が、繰り返されるかたちのうちに混ざり合う暗い土地。どの構造物も、不吉な前兆、来るべき災害の徴候、過去も未来もない未解決の謎である。生は溶暗し、何かを意志する余地は全く残されていない。五感は崩壊してばらばらになり、一挙に心の廃墟となる。最後の可能な言語の形態、強迫的な連続、偏執的な調査目録、虚しい行程の歪められた記録、あらゆる見せかけの理性の腐食。月の光の下で、粉塵が忘れられた希望をのみ込み、生は統計学に還元される。古い写真に捉えられた小さな人影は空虚に対面しつつ、これから起こる危険な出来事をまだ知らずにいる。夜明けが死の影を呑み込み、一面がカビで覆われる。一つの口が未来の優しい口づけをほのかに浮かび上がらせる――狂おしく、すでに失われた過去を求めて。カオスの純粋な感覚、物理学とエクスタシーとの猥褻な混交、文明を押しつぶし山のような瓦礫と致命的な嘘に変えてしまう箍の外れた力の光景。沈黙は意味をなさず、本能は生き残っている町の静止に生を吹き込み、人は生きることを力強く求める。あの脆弱な運動の底にある原則は、力の許す限り遠くまで逃走する人々の砕かれた欲望である。その一方で、死者はその肉体において、地獄がどこまで広がっているかを知っている。

サーティフィケート付き(通し番号 + 作家イニシャル入り)
>Antoine d'Agata
>SUPER LABO
SUPER LABO 2015年刊行 テキスト英語
サイズ 縦123×横183mm ソフトカバー 602ページ スリップケース入り
  • 16,500円(税込)