織田作にさようならするために……
自由軒で名物カレーを食べる。法善寺横町をかっぽする。「めおとぜんざい」と書いた赤い大提灯を見る──。
思えば、ずいぶんと長い間、織田作に取り憑かれていた。難波から千日前を抜け、夕陽丘を登る。織田作が下りながら青春に別れを告げたように、織田作を振り切りながら口繩坂を降る──。もうこの坂を登り降りすることは二度とあるまい。幕引きに生國魂神社に向かう。源聖時坂はだらだらと長い。登りながら思う。心底もうこりごりだ。生國魂神社で織田作の銅像に会う。ソフト帽にトンビをひるがえしたそれは、小脇に抱えられるぐらい軽やかで、ブロンズ像の緑青と相まって、まるでピーターパンのようではないか──。イヤな予感が走る。ダメかもしれない……。神社の脇で一服中のタクシー運転手と話す。「織田作之助? ああ、あの『夫婦漫才』な」。ケケケと笑う声が織田作のそれと重なる。
織田作、織田作之助。大阪に生まれ、書き、東京に殴り込み、わずが3カ月で血を吐いて死んだ。
明るさをよそおったこの哀しい男に、どうして“グッド・バイ”などと言えようか。
僕にとって写真集は、2枚目のパスポートだ
──グラフィックデザイナー・造本家 町口 覚
>森山大道
>マッチアンドカンパニー
マッチアンドカンパニー 2016年刊行 テキスト:日本語
サイズ縦216×横190mm ハードカバー 180ページ